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大晦日の難民大暴れ報道の実態は如何に

若いのが狭いところでグツグツしてれば不穏な空気も流れよう。別に難民だから、という訳では無い。命からがら逃げだした当初は、暖かいベッドで眠れるだけでヨシとしていた人々も、時が流れ自分たちの将来を考え始めたときに、行き場のない不安や焦燥を抱いて当り散らすのはありうることだ。

お前たちは難民で、助けてやっているのだからジッと我慢していろ、というのはそれこそ非人道的な態度であろう。

さて、そうなると、なんでも無限に、という訳にはいかない。どこかで線引きが要る。この線引きが政治の仕事だ。時に寛容に、時に無慈悲に。メルケルよ、それが政治の仕事だ。

生活保護を筆頭とするセーフティネットを議論するとき、この線引きの必要性を認めるか認めないか、という所を決めておかないと議論がぐるぐる回って答えにたどり着かない。線引きを当然とする人と、線引きを考えることすら邪悪と言う人では議論にならないのだ。

昔はケンポウケンポウとさえずっていた人の力が強かったのだが、世代も変われば時代も変わる。憲法絶対主義がバカにされるようになった雰囲気を認められない人も多い。

円錐を切ると円になり、楕円になり、放物線になり、双曲線にもなる。一つの塊を切る、その切り口の違いに過ぎない。野党が新しい切り口を見せない限りは与党の一強が続くだろう。