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植民地か併合か、で本質が変わる訳でもナシ

何故、言葉遊びに夢中になるのか解らない。植民地というからには、食い詰めた連中を送り込んで徹底的な収奪と民族文化の破壊により、原住民が強制的に同化させられるというイメージなのだが、、、日本による朝鮮支配を併合と呼び、ヨーロッパの植民地政策と様相が異なると主張した所で本質は変わらないだろう。
言葉にこだわる事自体、付け入る隙を自ら見せている。
植民地支配、だとして、それが何か? 当時の倫理感から言えば近代化出来ない未開の国は植民地化の対象であり、日本が取らなければ他の誰かが取っていたろう。そういう意味では日本が取った事、一面の幸運ではあった。短期間での徹底的な収奪と民族殲滅もあり得たのだ。
そうならなかった事をもって、良かっただろうとか感謝しろというのは間違っている。間違っているが、一方で、植民地支配(だったとして、ここは言葉遊びにこだわる人向け)について謝罪する必要も無い。何故、謝罪しなければならないのか? 当時の政策判断として一定の合理性があったし、倫理的にも程々の扱いをしていた。感謝しろとは言わないが、何故謝罪しろとしつこいのか?

あの時代の朝鮮が滅んだ理由は色々挙げられるのだが、一番大きな理由は党派争いに外国勢力を引き込んだ事だ。一枚岩になれないのは、まあヨシとして、何故権勢拡大の為に外勢を引き込んだのか。乙未事変に至る権力闘争など酷いものだ。私が当時の日本政府にいたら、やはり「国ヲ保ツノ気概ナシ」と判断し、同じような結論を導いていたやも知れぬ。
過去を今の価値観、倫理感で裁いてはならない。いわゆる「慰安婦問題」も同じだ。戦争の悲劇の中では、アレはまだマシな方だ。「筆舌に尽くしがたい苦しみ」を味わったオモテに出ていない犠牲者が大勢居る。オモテに出てこないのは、単純に死んだからだ。その傷を癒すべく、戦後日本が、諸国との和解と新しい未来へ向けて積み上げてきた努力は相当のものだ。そして、諸国もその努力をヨシとしていた。「さあ未来に向けて進みましょう」と条約を結んだ筈なのに、後からアレも足りないコレも足りない、とクレーマーのごとくむし返せば、そりゃ怒るよ。
その行為は、日本のみならず彼らの先達をも愚弄する行為だと気付いているのだろうか?
日本人の恐ろしい所は、何も言わない事だ。沈黙と共に去る。そういう意味では、既に日本人の心情は韓国から去った。臨界点を超え心情的に捨て置く事にしたのだ。昨年末の合意にある「不可逆的」の意味はそういう事だ。後はじっくりとと見守り、遠慮無く主張すれば良い。最早韓国を助ける必要は無いのだから。
中国が資本主義化した今、韓国を自由の砦と称揚し守り続ける意味は無い。トランプ大統領候補の発言を機会に在韓米軍の撤収を進め、三代目の暴発を誘い、戦時の利を得る。
陰謀論大好きな人なら、それくらいのシナリオは考えるだろう。
さて、日本はどうする?