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戦後日本社会は落ちるところまで落ちた。

落ちる、堕ちると言うからには落ちる前の状態がある訳で、その様な良い時代が在った、と言う事自体がリベラルの、ジャーナリズムの驕りと凋落を示している。落ちもしなければ上げもしない。見たままそのままが社会というモノだ。現実をあるがままに見る、という基本を忘れ、コレは間違っている、こんな筈は無い、何故理解されないのか? 理解しようとしない社会が劣化しているのだ、と叫び暴れた所で時間は戻らない。
戦後の秩序が戦勝国のアメリカの軍事力、経済力によって維持され、日本はソレに寄り掛かりつつも憲法9条をお護りに、小狡く程良い距離を保っていた。それだけ、それだけの事だ。その秩序が変わりつつある。少なくとも新しい挑戦者を迎えて揺らぎつつある、という認識を皆皮膚感覚で共有している。そこに昔ながらの権威をぶら下げてノコノコ出てきた結果が鳥越の惨状だ。馬鹿としか言いようが無い。本当に一瞬でも勝てると思ったのか? もしかして神輿でラクラク都知事? という卑しさが透けて恥ずかしい限り。