インターネットは極端か

単純に、バイアスの掛かっていない意見に触れて、比較評価した結果、「日本のリベラル」、「日本の野党」の主張に現実味が無くて、欺されていたことに怒っているだけなのでは? 特に、欺されてきた期間の長い年寄りが。

欺されてきた事を認めたくない年寄りも大勢いる。

若者は、バランス良く、どっちもどっち、と思っているのではなかろうか。

貴乃花親方の黒幕

黒幕がいるのか? 黒幕という言い方があれならブレーン、参謀、軍師、なんと言っても良いが彼の考えをサポートしている人物、あるいはチームが存在するのかしないのか? あるいは元々そんなものは無くて、その結果としての暴走なのか?

組織としては、どんなに大横綱で功績があったとしても、ああいう振る舞い(後出しじゃんけん)をやられると、処断せざるを得ない。

あと、森友問題は、公文書の改ざんというコンプライアンス問題に行き着いたのだが、誰が組織風土を改革するのかねえ? 神鋼三菱マテリアルもそうだが、バレないと思ったのかねえ。不思議だ。

差別したくないの?

え? 差別したくないの? 自分より弱い者、自分と違う者を蔑み、嘲り、より分けて近づけないようにしたいとは思わないの? そうすることで、自分を彼らより高い位置に上げ、満足を得たいとは思わないの?

憎悪は妬みや怒りは私の心に在る。その裏返しに、差別したい心も在る。

そういう物を抱えて、ヨタヨタと歩いて行く。だからこそ、差別したい心を私は憎む。

差別とは何か

生来の特質を理由に、本人の意に反して他人から(他人よりも)行動を制約されること。くらいだろうか? 宗教は生来の特質ではないが、これも含めて良いかな。

極端な思考実験をしてみよう。

事例1:黒人の犯罪率が高いので、白人専用車両を設け、黒人の乗車を禁ずる。

事例2:黒人への迫害が酷いので、黒人専用車両を設け、白人の乗車を禁ずる。

事例1は黒人への差別で、事例2は黒人の保護だ、というのは正しいだろうか?

事例1は弱者の行動を制約するから差別であり、事例2は強者の行動を制約するから差別ではなく弱者の保護だ、と言えるだろうか?

差別の受容=「制約される行動の程度を社会が受け入れる度合い」も社会のありようによって変わってくる。差別との闘いは、社会の有り様との闘いでもある。

曖昧な意識の重ね合わせの中から、程良い落とし所が見えてくるものではあるが、、、